独語録

 

05年の独り言
06年の1月,2月

 


4月24日 月曜日 曇りのち晴れのち雨 蒸し暑い

毎週火曜日は、何かしら用事があるにしろ
一応は休みです。
朝型人間なので、
いつも朝のうちから活動をはじめ
午後には大体が片付いています。

で、
比較的まとまった時間がないとできないことを
やることになるのですが、
その中の大事なジャンルの一つに
料理
があります。

我が家は、
DINKS(Double Income No KidS、もはや死語)なので、
早く帰った方が夕飯を作る
という暗黙のルールがあります。
ですから、普段から料理はしているのですが
帰り着くのが8時、9時になることも少なくなく
どうしても、焼いたり、炒めたり
短時間で調理が済むものが中心になってしまいます。

そこで、火曜日は
普段はできない、煮込み料理系の仕込みをやることが多いです。
と書くと、
所詮男の料理
家計を無視した高級食材をふんだんに使って・・・
という、非難の声が聞こえそうですが、
主に買う食材は
お肉だと、スネ、もも、スジ、ガラ、
魚だと、アラや、お頭が中心です。

これらがスープや出汁になり
メインの食材にも化けます。

さて、先週の火曜日のこと
本日の夕飯は何にしようかと
スーパーの中を漂っていたときに目に付いたのが

竹冠に旬
今、まさしく
旬の食材

理想をいえば、朝、自ら掘り出すのがベストなのですが、
都会生活をしていると、そうはいきません。
スーパーで売っているものとはいえ、
自分で茹でた筍の方が
すでにゆで上がった状態で袋詰めされ
売られている水煮タケノコより
遙かにましでしょう。

今までも何度かやってみようと思ったことはあったのですが
糠床用に大量の糠は売っていても
タケノコを茹でるのに使う程度の量
というのは売っていないために諦めていたのです。
ちなみに、
我が家は無洗米を使っているので
米のとぎ汁という手も使えないもので・・・・・・

ところが、
今回は筍の隣に、それ用の糠の小袋が・・・・・
これはやるしかないでしょう。
ということで、
我が家にある一番の大鍋に筍を浮かべて
沸々と、あく抜きをいたしました。

煮え加減の判断に迷いましたが、
適当なところで竹串を刺して、
まあこんな堅さでしょうというところで
火から下ろし、
少し冷えたところで、
皮を剥きながら糠を洗い落としました。

もちろんのこと姫皮も確保し、
試食用に切った筍の一片を噛み
「ん〜〜〜この歯ごたえ」
春を満喫。

問題は、
茹で上がった筍を何に使うのか
全く考えていなかったことでした。


4月17日 月曜日 晴れ 初夏の陽気

学会(後編)

岡山で、朝(7時50分)から晩(6時過ぎ)まで
お勉強をして、帰って参りました。
鼻風邪をひいたのですが、
原因は、
締め慣れないネクタイをしたせいではなく、
旅先で浮かれて、夜遅くまで遊んだせいでもなく
勉強のしすぎでしょう

根が貧乏性なのか、
開業してしまったら全く関係の無くなった
顔面骨骨折や、組織欠損の再建、etc、
など、
ついつい口演を聴いてしまいます。

学会の目的は、新しい情報の入手が主ですが
それ以外にも、
自分の研究や工夫の発表、
日常から離れての息抜き、
人との交流、があります。

論文などで名前しか知らなかったDr 達と
顔見知りになり、
自分と同じ専門領域を持つ相手と
意見交換をすることでスキルアップも図れますし
新たな発想が浮かぶこともあります。
また、遠方の住んでいる患者さんから相談を受けた場合
ある程度安心して、紹介をすることができます。

さらに、私のように
出身大学や出身医局がある場所と
全く異なる地域で開業した場合、
かつてのボスや同僚に会うことが
ほとんど皆無になってしまいます。
そこで
こうした機会に
旧交を温めることになります。

もっとも、
医局の地元近くで開業した人間は
あまり姿を見かけない傾向があるように思えます。
これは普段行き来をしているために
別段学会に行って知った顔を探す必要がないためでしょうか。

謎です。


4月10日 月曜日 曇り 春雨近し?

学会(前編)

明後日から形成外科学会があります。
この2年東京が続いていたのですが、
今年は岡山であります。

都内である方が便利なのですが、
たまには旅行(?)気分も味わいたいので
地方での開催も大歓迎です。

一般の方というのは、学会という言葉に
どういったイメージを持つものでしょうか?
一つの大きな会議場みたいなところに
何百人といった医者が集まり
一つのテーマで会議する・・・・

といった、イメージなのでしょうか? 
(ちなみに、これはうちのスタッフの一人のイメージです)

実際は、ちょっと異なります。

学会の規模によっても違いますが、
今回のような総会になると
会場が何カ所にも分かれ
(今回の場合、第6会場まであります)
同時進行で発表が行われます。

各会場で、時間ごとのジャンルが決まっており、
前もって申し込んだ人間が、
数分(通常5分前後)の口演を行い
その直後に、その口演に対しての質疑が数分行われます。

こうした口演が1ジャンルに5個前後、
それが一単位となって
朝から夕方まで各会場で行われているのです。

同時進行で行われているのですから
聴きたいものが重なると大変です。
もちろん、発表項目の順番を決めるときに
同系列のものが重ならないように考慮してあるので
そうは重ならないのですが、
たとえば、美容とレーザーなど、
一見関係なさそうなジャンルが重なることがあります。
そうなると、
こっちのこの2人の発表までは聴いて
後はあっちのあの先生の発表を聴こうなどと、
数分刻みで移動することになります。

逆に、
自分の全く興味がないジャンルばかりがあることもあります。
そういった時は、
医療機器メーカーが出している小展示場に行きます。
(個人的には屋台村と呼んでいます。)
手術用の器械や、新しいレーザーなどがあり
華やかだった頃の歌舞伎町にも似た(?)客引き にあいます。
全く知らなかった新しい治療法などもあり
冷やかしで各ブースを回っているとそれだけで楽しいものです。

、私の場合、
レーザー会社の人間はたいてい顔なじみで
うちには大概レーザーは揃っているのは知っているので
売り込みの話になることはほとんどありません。
世間話をしつつ、
まだ表に出ていない、本当の最新型のレーザー の情報
仕入れたりするのはこのときが多いです。

続く


4月3日 月曜日 晴れ 花吹雪

新年度

4月1日が土曜日だったので、
実質的には今日から新年度というところが多いでしょう。
新社会人は、期待と緊張の初日だったでしょうね。

今は制度が変わったので
4月1日から勤務というところがほとんどでしょうが、
私たちが医者になった頃は
入局する医局の都合で、初出勤日(?)は違っていました。

人手が一日でも早く欲しいところは、
4月早々から行かなければなりませんでしたし、
気前のいい(?)医局では
5月連休明けからでも良いというところもありました。

ただ、いずれにせよ、
国家試験の発表前からの勤務になりますので
ほとんど雑務と雑務と雑務が中心の仕事になります。

医者の仕事というと、
色々な検査や、手術などが華やかな部分が目に付きますが、
実は事務的な仕事が非常に多いのです。
特に大学病院のように、大きな病院では
検査一つするにしても
色々な科が共用している中で行うので
前もっての検査申し込みなどの
書類が山のように必要になります。

これが一つでも抜けると、
上の先生の建てた検査や、治療のスケジュールが
パーになるので大事です。
本来は自分でやった方が、安心できるし、確実なのですが、
その他の雑用が多いために、
孵ったばかりのヒヨコたちに丸投げしてしまうのです。
実際問題、自分たちもそうして仕事を覚えてきたわけだし・・・・

仕事を放り投げられたヒヨコちゃん達は、
学生から、社会人(=医者)になり、仕事を任せられたと、
美味しい餌を与えられたかのように、喜びに浸りながら、
せっせと慣れない事務仕事(雑用)をこなしていきます。

やがて、
いくらやっても、際限なく増え続ける(面白くない)仕事と、
ちょっとでも抜けると、遠慮無くおそってくる小言の嵐
いい加減疲れ果て、疑問を持ち始めた頃
その日がやってきます。
国家試験の発表です。

しかし、
当の本人達は疲労困憊し
その日が何の日なのかすら覚えていません。
どうにかこうにか仕事の山を片付け医局に帰り、
医局長や、医局の秘書さんに
「おめでとう」といわれ、
初めて、国家試験の発表のことを思い出します。
そして、
嬉しさより、この生活がこれからずっと続くのかという
あきらめにも似た絶望を覚えるのでした。

国試に落ち、
白衣畳んで、そっと消えていく
同僚(になる予定だったやつ)の方が
幸せかもしれない
そう思える日々が続くでした。


3月29日 水曜日 晴れ 春の嵐の後、桜満開

終末期医療

ここ数日、某病院の外科部長が
終末期の患者さんのレスピレーター(人工呼吸器)を
はずしたことが話題になっています。

法律的な面からだけ見ると
その行動に些かの不備があるように思えます。
ただ、その行い自体を非難できるかという点になると
複雑な思いに駆られます。

以前、形成外科のトレ−ニングの一環として、
外科医として働いていたことがあります。
当然のことながらガンの患者さんを受け持つことがあり、
当然のことながら、その最期を看取ることもありました。

上司だった先生達の考えだったのか、
ほとんどの場合、
レスピレーターをつけることなく
静かに息を引き取っていく方が大半でした。
ただ、時として、
遠方にいる肉親が到着するのを待つためなど
そうすることもありました。

それまで、喘ぐような呼吸をやっとしていたのが
機械に繋ぐことによって、
大きく胸が動き、一見、生命力が回復したように見えます。
所詮、一時的な錯覚でしかありません。
やがて、本質は徐々に衰えていくのが判ります。

当初、それを望んだ家族も
時と共に 、
心電図という電気信号でのみ、生きていることが判る、
という事実に気が付きます。
話しかけても返事はしない。
頷くことも、微笑むことも、泣くこともなく
身動き一つせず、ただ、横たわるだけ。

そして、それが本質的な治療ではないことに気が付きます。
ただ、生かすために生かす。

近しい人の死を受け入れるまでの延命、
回復する可能性が多少なりとも残っている場合 、
そういった場合の延命処置などは
決して否定されるものではありません。

しかし、ガンなどで、弱り切った体を
機械で、薬で、ただ、ただ、生かし続けるだけの延命処置は
本当に必要なのでしょうか。

そして、
今の法律では、一旦レスピレーターをつけると
それを、はずしたいと思っても、はずすことができません。
後は、心臓が弱り切って、
その動きを止めるのを待つしかないのです。

自然に逝かせてあげたい、
その想いというのは、人の道に外れた思いなのでしょうか。

『お願いですから、もう、楽にしてあげてください』
そう懇願する瞳を、見返すこともできず、
『それはできません』とだけいった私が
人として正しいと、言い切れる自信はありません。


3月20日 月曜日 晴れ 昨日は突風

駅前

このビルの建設と、時を同じくして行われてきた
駅前の工事がほぼ完了したらしく
今までの歩道に連続する、新しい歩道の通行が出来るようになりました。

新しい建物群の本格オープンはまだですので
新しい歩道の人通りはまだまばらですが、
分譲マンション2棟(共に30階以上)
賃貸マンション1棟(20階位だったか)
図書館、映像センター、保育所、
(噂によると)スーパーが
オープンすると人の流れがどう変わるか
楽しみでもあり、不安でもあります。

遠方からわざわざ来ていただく方も
少なからずいらっしゃるのですが、
久々に川口に来られると
「しばらく来ない間に、ずいぶん変わりましたねー」
とおっしゃいます。

実際に、棲んでいても
気が付くと、 新し建物ができ、新しい
店ができ、
思いもよらぬ様変わりに出くわすことがあります。

もちろん、新しい建物ができ、
そこに新しい店ができるだけではありません。
以前あった店が無くなり、
いつの間にやら、全く違う店に変わっている様も
よく見かけます。

最近もっとも新陳代謝が激しいのは
携帯電話屋でしょうか。
そもそも、何故、雨後の筍の如き増殖をしたのか、
その必要性が甚だ疑問であったので
消滅して、他の店になろうと、
全く意に介するところではありません。

その他、
パチ屋、ゲーセン、サラ金(街金)、などが
町並みから消え失せても、
些かの想いもないのですが
昔ながらの佇まいのお店が消えていくのは
寂しい限りです。

たとえ、その店に足を踏み入れたことがなかったにしろ、
街の様相を造っている一角が欠けていくのは
大事なものが一つ無くなったような感傷を抱かせます。

過疎化して、ただただ消えていくのではなく、
生きている街として
新しく、生まれ変わり、成長していくためには
必要なことかもしれないのですが。


3月13日 月曜日 晴れ 風は冷たい

桜咲く

昨日は曇っていましたが、わりと暖かい日でした。
今日は晴れてはいますが、寒い(よう)です。

先日、梅の話を書いたばかりなのですが
ふと、気がつくと
マンションの周囲や
相方(嫁)を送っていく途中に目にする
桜の木にも
ずいぶんと花が開いています

一輪、二輪だと、そうも気がつかないのでしょうが、
ほとんど満開の木すらあります。
東京の開花予想日は、確か、25日だったので
10日以上早いことになります。

開花予想日というのは、
各地方ごとに標本木(基準木?)があり
その蕾の重さを量り
その重さを元に開花予想をたてるそうです・・・

と、思っていたのですが、
念のために調べてみると
最近は、桜の木がおかれた温度変化を元
予想をたてているようです。

正直これは予想外でした。
「知らない間に世の中変わっているんだ〜〜」
変なところで感心してしまいました。

にしても、
標本木がある気象台近辺と川口が、
そんなに温度差があるとも思えないのですが、
大いなる疑問です。

もちろん日照条件etcで
個体ごとに開花に差が出ることは解っていますが、
マンションの裏にある桜の木なんて、
どう見ても、ほとんど一日日陰の身ですし・・・・・
紅梅、白梅と共に謎です。

桜といえば、お花見。
と、世間的にはそうなるのですが、
実は、私は覚えている限りで
お花見に行った記憶は4〜5回しかありません

桜を愛でるのに異論はありませんし、
もとより宴会も嫌いではありません。
が、「お花見」という行事は
いまいちしっくりと来ません

屋外でビールを飲むには寒すぎるためか、
桜の根元に引いたシートの座り心地が悪いためか、
周囲のゴミ臭さが厭なのか・・・・

いずれにせよ、
その下に、ドッカと腰を下ろすより
仰ぎ見ながら散策する方が性に合っているようです。

少なくとも、社会人になっての初仕事が
お花見の場所取りでなかったのは幸せだった
と、
テレビでお花見中継を見る度に思う
今日この頃です。


3月6日 月曜日 曇り

鬱陶しい!

春に3日の晴れ間無し、の言葉通り、
一昨日、昨日の晴れ間の後に、今日は曇天。
それでも、流石に刺すような寒さはなく
どちらかというと、肌寒いという表現がふさわしい日です。

明日は晴れるらしいので
久々に散髪にでも行ってこようかと思っています。

休みの日でも、何かと雑用があり、
行こう、行かねばと思いつつ、
ついつい先延ばしとなり、
どうしようもなくなる頃には
「サリーちゃんのパパ」
「ライオン丸」状態になります。

ええい、面倒!
いっそポニーテールにでもしてしまおうか。
でも、あれはあれで面倒そうだな。
朝起きて、出掛けに手櫛で適当に、
とは、いかなさそうださし、
シャンプーも大変そう。
今だと、シャンプーをした後にタオルドライにすれば
何もしなくても1時間後には乾いているのだが
やはり、ブローしなければならないだろうな。
やはり素直に散髪に行った方が無難か・・・・

もっとも、こんな事をウダウダ言っていられるのは
贅沢なのでしょう。
モノが無ければ、全く関係のない話なのですから。

年齢不詳の私ですが、
薄くなっても不思議ではない歳ですし、
2〜3歳年下の従兄弟は、10年ほど前にの時点で
すでに秋風が吹いていました。
それを鬱陶しいというのは
あまりに罰当たりなのでしょう。

最近、男性型脱毛症に対して内服薬が発売されました。
テストステロン(男性ホルモンの一種)を
脱毛を促進する物質に換える酵素の動きを止める薬です。
女性ホルモンではないし、似たような作用もないそうですが
性欲減退とインポテンツという
副作用の可能性が若干あるそうです。

しかし、待てよ。

脱毛が厭だ

若く見られたい

女性にもてたい

性欲

ではないのだろうか?
だとすると、副作用で性欲減退が起こると
出発起点が無くなるので
こんな薬を飲む必要が無くなるということになりますね。

鶏が先か、卵が先か
哲学的大問題になりそうです。